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結婚へのチャンス
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見合いについて
新しい見合いのあり方
現代人は個性が強くなっているので、見合結婚はなかなかできないだろう、といわれます。個性がはっきりしていないと、二人の間に共通性がたくさんあり、自分と相手との違いがはっきりわからないから、結びつきやすいというわけです。
見合結婚では、相手に要求する条件がきびしくなります。たとえば、恋愛でなら、いやな親父も、\"親父と結婚するのじゃない\"と言いますが、見合いでは、\"あの親父さんでは\"と二の足をふむというわけです。今度主婦の友社が行なったアンケートを見ても、恋愛結婚を望む一九六名、見合結婚を望む二三名、どちらでもよい一四八名、となっていて、断然、恋愛結婚への希望が多いのです。ところが、現実には恋人をもっている人はわずかに八五名。まだ見合結婚をする人のほうがやっぱり多いのです。恋愛がロマンチックなものであるのに対して、結婚はごく現実的なものです。結婚は、敬愛し協力できる二人の人間どうしであれば、どういう巡り合いから始まろうと、幸福は得られるものです。見合いが、昔のままであるならば、敬愛とか協力とかはごく期待薄で、女性は一方的に夫に従わされる結婚になりがちです。しかし、見合いが、依然として従来のままであるわけにはいきません。現代の青年たちが、そんな形の見合いを納得するはずがないからです。青年たちは、交際のチャンスとして、見合結婚を考える傾向になってきています。見合いにたよろうというよりは、見合いもしてみようという、むしろ積極的に広く相手を求める手段にしようという考え方に変わってきているようです。
仲人さんへお願い
そこで、現代的な、憲法第二十四条に違反しない結婚のための見合いを考えるとき、当然、仲人さんたちに、こんなお願いがしたくなります。仲人さん、どうか一人一人の男女の個性をよく理解して、紹介の労をとってくださるようにと。ある娘さんが、\"一流会社社員、-一流大学卒、スポーツマン、背が高くてハンサム、女の社員にたいへんもてている青年。この人と見合いをしない?と仲人好きのおばさまにいわれたけれど、何と返事してよいかわからなかった。これでは、外見はわかるけれど、彼の人がらなんてまるきり見当がつかないわ。お断りしたら、変な顔してたけれど\"と言っていましたが、ほんとうにそうです。男なら何でもよい。一流会社なら文句はあるまい。また美女ならいいでしょう。やさしくておとなしい人よ、などという仲人口では、今どきの若い人は、とても本気になれないのです。
傷がつくという考え方
\"お見合いをして断られたら傷がつく\"こんな考え方も、今は通用しません。男も女も、相手に選ばれるのを待っているーそんなお見合いをしたいのではありませんから。私たちは、チャンスがあったら、できるだけ多くの異性に会ってみましょう。そして、自分のほうで相手を選べばよいのです。\"また断られたら\"などと引込み思案になることは、まだ古い見合いの観念から抜けきれていないからでしょう。
よい縁談を得るために
個性ある子どもを育てる
このごろ、青年男女が相手に希望する条件は、昔とはだいぶ変わってきました。おかあさんたちが、それを知っているかどうか。美しさに対する評価が第一変わっています。こういう時代に、おかあさんはどういう子どもを育てておいたらよいか。児童心理学の品川孝子さんは、ズバリ「個性のある子どもに育てておくこと」と言っています。あれもこれもとばく然とけいこごとをしている娘さんより、\"何か一芸に秀でた人\"という希望のほうが強いのです。
当人も周囲も真剣になる
適齢期になっても、結婚や家庭生活について、何一つ自分の考えをもたないような娘や息子ならば、現代的な結婚は望めません。親まかせ、仲人口にのる、ということより手がありません。〃私はこういう結婚がしたい。相手はこんな人がよい\"こういうはっきりとした規準がほしいのです。たとえば、Mさんの例です。Mさんは学生時代から自由な男女交際をしていました。家庭に遊びに来る男女の学生が多く、むしろ、おかあさんが若い人たちに好かれていて、M家に出入りする若い男性や女性は、Mさんがいなくとも、おかあさんと話していくというほどでした。Mさんは、こういう交際のうちに、自分の男性観をつくり上げました。そして、若い男性を見ると、まず自分の男性観に合うかどうか、どういう点が合うか、また合わないかを、ひそかに検討するのでした。もちろん、さまざまな、青年のために書かれた恋愛や結婚の本も読みました。Mさんは、のんびりと男性を観察しながらも、自分の男性観にぴったりの人を、いつも心待ちにしていたのです。いや、いつそんな人が現われても、すぐ心に受け止める準備ができていたのです。結局、Mさんは、おかあさんの友人の世話で見合結婚をしました。自分の男性観によって、相手のよいところも悪いところも見きわめたうえで、結婚を決心したのです。いまMさんは、何事によらず、夫婦二人で話し合いのできる、ごく現代的な家庭をつくり上げつつあります。Mさんの例などは、.自分が特に結婚に対して熱心だったといえましょう。三人の娘さんを、次々に結婚させた岩佐東一郎氏(随筆家)の場合は、むしろ周囲の熱心さが、よい見合結婚を成立させたといえるかも知れません。まず、岩佐家では、娘さんたちが学校を卒業すると、銀行へ就職させます。銀行で仕事をするうちには、経済観念もつき、お客の接待のしかたも覚えられる。また結婚の場合にも、信頼される職場である、との両親の配慮からです。
このことばかりでなく、また町内の知人が若い人たちの交際のグループを作れば、まずおかあさんが行ってみてから、娘を参加させます。クリスマスの催しなどには、両親もそろって出席するという、親心あふれる態度です。その結果、娘さんたちは次々と見合結婚で結ばれたのでした。
自分の条件を考える
相手に求める条件だけでなく、自分の条件をも考える必要があります。三十才を過ぎてもなかなか結婚できない娘さんの場合、彼女の持ち出す条件は、一〇年前といっこう変わらないのです。自分に合った条件を相手にも求めるならば、もっと自分にふさわしい人を発見しやすいのではないでしょうか。自分の欠点を補うかのように、相手に求めるというのもおかしなものです。また、そういう条件は、えてして、夢のような希望が多いものです。私たちが、結婚の場合に相手に希望することは、
①社会生活上でプラスになる人かどうか。
②自分の生活に安定感(生活の落ち着き)を与えられる人かどうか。
③これからも、自分の生活を向上させてくれる人かどうか。
④自分に対して、深い愛情をいつまでももつかどうか。
⑤性的な満足を与えてくれるかどうか。
⑥いつまでも、よい話し相手になれるかどうか。
(堀秀彦氏〃夫を選ぶには妻を選ぶには\"による)
といった、基本的、根本的なものについてであって、学歴がよいとか、背が高いとか、高給であるとかいうことを、ばく然と希望するべきではないと思うのです。女が三十二才になっても、二っ違いの男性をなどと希望して、それだけに固執するようなのは、どうも正常ではないようです。だいたい女性は、自分の配偶者は特別の人間そこいらにいる男性一般などではなくであるかのように考え込んでいて、その規準から一歩も出られないという人が多いものです。
自分で考えること
ある娘さんの場合、おかあさんの希望がいつも成功を妨げます。娘の夫は、家がらがよく、昔の帝大出、月給は一〇万円より多くてはいけない。なぜなら、それ以上ではうわきをするおそれがあるから。背は高く、色白き美男。そして、やれ背が低かったからといっては断り、ワイシャッによごれがあったから生涯出世はできまいと相手にしない。娘さんの気持は一体どこにあるのかわかりません。こんなふうでは、おかあさんの生きているかぎり、結婚なんてできないでしょう。選択するのは自分だということを、忘れているのでしょうか。
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